僕の基本的思想は、「指揮者は“支配者”ではなく“支援者”である」というもの。言うまでもなく指揮者は音を出しません。客席に背を向けることを許された唯一の者。彼は観客の存在を意識することなく、ただ奏者のためだけにそこに存在します。自ら音を発しないこともあって、シンプルに考えるならば、アンサンブルでつむぎ出される音のよしあしは、最初から最後まですべて奏者のパフォーマンスにかかっています。
2014/06/04
指揮者の役割(あるべき姿)
僕の基本的思想は、「指揮者は“支配者”ではなく“支援者”である」というもの。言うまでもなく指揮者は音を出しません。客席に背を向けることを許された唯一の者。彼は観客の存在を意識することなく、ただ奏者のためだけにそこに存在します。自ら音を発しないこともあって、シンプルに考えるならば、アンサンブルでつむぎ出される音のよしあしは、最初から最後まですべて奏者のパフォーマンスにかかっています。
2014/05/30
譜面絶対主義の光と影
「譜面に書いてあることを忠実に再現し、譜面に書いていないことはしない」…なるほど確かにそうですね。作曲家からの唯一無二のメッセージである譜面に忠実な演奏を心がけることは、音楽創りの基本中の基本であり、根幹を成す部分でもあります。アンサンブルの入口として、避けて通るこのできない確実な方向性であることに疑念の余地はありません。
2012/09/29
【音楽を表現する力】
音楽を表現する力。…大別すれば、それは「感性」と「技術」。この2つの要素を高いレベルで備えていることが理想とされます。バイクで言えば前輪と後輪のようなもので、いずれか1つが欠けても走れない。 …と、ここであらためて疑問。
本当に走れないのか?
2012/09/27
2012/09/01
【弾けないことは罪ではない】
僕が現在所属しているアマチュア弦楽合奏団“アンサンブルvio神戸”での経験談を。
vioでの練習に限らず、初心者からはじめて間もない者や大人になってから楽器を手にした者たちが、引け目を感じつつ隠れるように合奏に加わっている光景を見かけることがある。そのたび僕は、とても悲しくなる。ゆがめられたアマチュア奏者間の人間模様に、遣る瀬ない気持ちを禁じえない。
弾けないことは罪なのだろうか?
…否、断じて違う!
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